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東京地方裁判所 平成6年(ワ)5166号 決定 1994年10月12日

《住所省略》

申立人(被告)

田中道信

《住所省略》

上倉弘

《住所省略》

門脇泰二

《住所省略》

松尾道雄

《住所省略》

相澤武彦

《住所省略》

横田雄彦

《住所省略》

鏡原明雄

《住所省略》

田中信之

《住所省略》

田中孝男

《住所省略》

浅見好信

《住所省略》

増田美明

右申立人ら代理人弁護士

樋口俊二

五百田俊治

《住所省略》

被申立人(原告)

長倉藤夫

右被申立人代理人弁護士

石川悌二

主文

原告は,平成6年(ワ)第5166号株主代表訴訟請求事件の訴え提起の担保として,この決定の確定した日から14日以内に,各被告に対しそれぞれ金300万円を供託せよ。

理由

第一申立ての趣旨

原告は,被告らに対し,相当の担保を提供せよ。

第二事案の概要

一  本件本案訴訟の請求の趣旨及び請求原因は別紙訴状記載のとおりであるが,その請求原因の骨子は,「株式会社三愛は,平成3年3月19日の取締役会決議に基づき,同月25日,馬里邑グループから株式会社アイマリオの株式6万株,株式会社マリムラコマースの株式4万8000株(いずれも1株の額面金額500円)を合計60億円で取得した。当時,馬里邑グループは,その一員である真理花が174億円の負債を抱え,同年2月和議を申請するなど,その信用に不安があり,深刻な危機を迎えていたにもかかわらず,三愛の当時の代表取締役であった被告田中道信は,三愛グループ総売上高を1000億円以上にし,東京証券取引所に上場しようとの野望を心中深く抱いていたので,同年3月18日に両社の買収の依頼を受けると,合理的な判断を誤り,不当な高値での買収を決意し,翌日には取締役会を招集し,三愛の取締役であった被告らは,株式の評価等につき十分な調査をすることなく,取締役会において買収を決議した。情報を収集,分析することなく早計に判断を下し,合理的理由のない高値で買取価格を決定した被告らの態度は,善管注意義務及び忠実義務に反し,三愛に対し,株式買収価額と額面価額との差額金59億4600万円の損害を与えた。」というものである。

二  申立人(被告)らの主張

1  原告及び原告代理人は,巨額な訴訟を提起された被告らが深刻な精神的不安と応訴のために相当な出費を強いられることを知りうるにもかかわらず,被告らがいかに困惑しても構わないという意思をもって,本案提起前に必要最低限の調査さえ実施せず,敢えて提訴したものであるから,本件本案訴訟は濫訴であり,原告に悪意がある。すなわち,原告は,株主として株主総会において取締役及び監査役に対し説明を求める権利並びに株主総会議事録及び取締役会議事録の閲覧・謄写請求権を行使することができたにもかかわらず,本案提起前は全く行使しなかった。また,悪意は原告本人だけでなく原告代理人も含めて検討すべきであるところ,原告代理人も,弁護士法による照会請求権等を全く行使しなかった。原告が主張する被告らの善管注意義務違反及び三愛の損害の発生は,何ら根拠もない想像にすぎない。また,相沢武彦,横田雄彦,鏡原明雄,田中孝男,横田美明の5名以外の被告はすでに取締役を退任し,被告適格を喪失しているにもかかわらず,そのことさえ調査していないのである。

2  被告らの損害として,差し当たり応訴のための弁護士報酬があり,その額は少なくとも3000万円が相当である。

二  被申立人(原告)の反論

1  退任した取締役も代表訴訟の被告適格がある。代表訴訟の提起前に調査をしないことと,代表訴訟の提起が悪意に出たこと及び代表訴訟の提起が濫訴であることとは何ら関係がない。また,被告が応訴のために相当な費用の出費を強いられることは全ての訴訟に必然的におこることであり,代表訴訟の提起が悪意に出たことの根拠とはならない。

原告は相当な調査活動を行っている。弁護士法による照会請求権だけが調査ではない。本件本案訴訟提起後,原告の取締役会議事録の閲覧・謄写の請求を三愛が拒否しているように厳重にガードを固めている企業が照会請求権にたやすく応じる訳はない。

2  被告らの善管注意義務及び忠実義務違反は,三愛の当時の代表取締役であった被告田中道信の著書「販売の鬼と呼ばれて」の記載内容から明らかである。同書には,被告田中道信は,平成3年3月18日に馬里邑からアイマリオ及びマリムラコマースの買収の申し入れを受け,翌日,取締役会を招集し,両社の買収を取締役会において決議したことが書かれているが,被告田中道信から,当日,突然招集の声がかかって参集した他の取締役が,必要な情報,資料,予備知識等を有していたとは思われないから,取締役会は,議論を展開するなどの環境には全くなく,被告田中道信の独壇場となって,他の取締役はへつらい追従したに過ぎないと思われるのである。

被告らが,情報の収集,検討を十分しないまま,両社を買収し,三愛に損害を与えたことは,提出された資料からも裏付けられ,被告らの善管注意義務,忠実義務違反の責任は明白である。

すなわち,両社の買収を決議した平成3年3月19日の三愛の取締役会議事録(甲2)によれば,同議事録には取締役会に両社の買収のための資料が提出されたことや,両社の買収の議案に対し,質疑応答や喧々囂々の議論がされたことの記載はなく,審議時間も他の議案と併せて1時間に過ぎないことから,被告田中道信は,両社の詳細な財務内容,経営状況等については何の説明もせず,関連資料も提出せず,他の被告ら取締役は,当時の代表取締役であった被告田中道信から何の説明も資料の提出も受けず,異議をとなえることも出来なかったと思われる。

また,調査報告書(甲9)によれば,アイマリオは,経営及び財産の管理,経理事務,総務事務等の会社の業務の殆どを馬里邑とは別会社の馬里邑教団株式会社(教団)に委託し,かつ,営業上必要な従業員は全て教団からの出向社員であったというのであるから,アイマリオは買収の対象となるような独立性をもった株式会社ではなかったこととなる。おそらく,店舗等の賃貸借契約関係も,馬里邑,教団と三つ巴となっていて,第三者には理解し得ないものであるだろう。このような複雑な関係は,調査報告書(甲9)が作成された平成3年4月25日以降に判明したものであろうから,買収の決議をするに際し,被告らが情報の収集,分析を怠り,看過したものである。さらに,同報告書には,アイマリオが平成3年3月22日に富士銀行から合計6億7000万円の借り入れを行っているとの指摘があり,馬里邑側の背信行為があったものと推測されるところ,これを看過した被告ら取締役の責任は重大である。

三愛の62期(平成2年9月1日から平成3年8月31日)計算書類の付属明細書(乙3)によれば,三愛は,両社の銀行借入金(アイマリオ76億4600万円,マリムラコマース5億円)のそれぞれ保証人となっている。被告らは,買収直後に三愛が両社の買収金60億円を上回る銀行保証を余儀なくされるとは想像もしていなかった筈である。しかも,両社は優良会社と喧伝されていたにもかかわらず,買収後は営業損失を計上しているものと推測される。

第三当裁判所の判断

一  株主代表訴訟の提起がいわゆる不当訴訟を構成する可能性が高い場合は,商法267条5項,6項,同法106条2項に基づいて,担保の提供を命ずることができると解すべきであり,具体的には,請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があって,主張を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合,請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合,あるいは被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合等に,そうした事情を認識しつつ敢えて訴えを提起したものと認められるときは,「悪意」に基づく提訴として担保提供を命じ得ると解するのが相当である。このような訴えの提起は,会社に利益をもたらさないだけでなく,取締役等に対し不当に応訴の負担を負わせ,ひいて会社の業務執行等にも好ましくない影響を及ぼし得るものであるから,担保の提供を命じることが代表訴訟の提起に対して抑制的に働くとしても代表訴訟の機能を不当に制限するものではなく,担保制度の趣旨に適うものとして合理的であるということができる。

二  本件代表訴訟にかかる請求は,三愛がアイマリオ及びマリムラコマースの株式を不当な高値で購入したとの事実主張に基づき,購入価格の総額と購入した株式の額面総額との差額につき損害賠償を求めるものであるが,訴状等によれば,原告において購入価格が不当に高かったとする根拠として,右両社が属する馬里邑グループの一員である真理花が倒産したのに,購入価格は額面の100倍以上であったとの事実以上のものはないことが明かである。

しかし,株式の正当な売買価格を決定する際に株式の額面は通常殆ど参考にならず,額面をはるかに超える金額が正当な売買価格とされる事例が稀でないことは公知の事実というべきであり,また,その属するグループ企業の一員が倒産したというだけで当該会社の株価がせいぜい額面程度のものになるとの経験則があるともいえない。原告が被告提出の疎明資料に基づいて種々主張するところも,右損害の点に関する原告の主張を支持するものとは認められない。むしろ,甲1,4によれば,東海銀行金融開発部に本件株式の価額算定を依頼し,株価の総額が最も低く見ても60億円を上回るとの回答を得た上で,本件株式の購入を決定・実行していることが,一応認められる。

したがって,本件代表訴訟にかかる請求は,その余の点につき判断するまでもなく,請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由があるというほかなく,かつ,右損害の立証の見込みに関する評価は主として原告の主張事実自体から導かれるものであるから,右事由が存在することにつき原告には認識があると認めるべきである。

なお,原告は,被告田中道信の著書により本件株式の購入が極めて短期間のうちに決定されたことを知ったことから,本件取引に疑問を持ち,本件代表訴訟を提起するに至ったようであるが,購入の意思決定までの期間が短かったからといって購入価格が不当と認める根拠とはならないし(仮に十分な調査検討がなされなかったとすれば,価格の不当性が肯定された後の,善管注意義務違反の問題になる),甲1ないし9によれば,本件株式の購入については,前記株価算定の点を含め,相当程度の調査検討がなされていることが一応認められ,手続的にみて特段に杜撰であるとはいえないと考えられる。

三  よって,原告の本件本案訴訟の提起は「悪意ニ出タルモノ」というべきであるから,主文記載のとおり,担保の提供を命じるのが相当である。

(裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 本間健裕 裁判官 棚橋哲夫)

<以下省略>

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